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『20世紀末・日本の美術―それぞれの作家の視点から』著者インタビュー(2):中村ケンゴ

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『20世紀末・日本の美術―それぞれの作家の視点から』の企画者で、編著者でもある中村ケンゴさんの個展が銀座のメグミオギタギャラリーで開催中です。

個展タイトルは「中村ケンゴ図鑑 -10年代の作品を中心に」ということで、文字通り2010年代の作品群が並んでいます。銀座のコマーシャルギャラリーでも1、2を争う大きなスペースに、大作を中心とした中村ケンゴさんの近年の仕事が展観できます。メール返信の件名に表示される「Re:」をテーマにした「Re:」シリーズ、漫画の吹き出しを再構成して、様々なかたちを描き出す「スピーチバルーン」シリーズ、手塚治虫の漫画に登場する人物のシルエットを組み合わせて新たなイメージを生み出した「自分以外」シリーズ、顔文字を解体、再構成することでモダニズム絵画風の画面に作り上げた「心文一致」シリーズなど、多彩な作品群が展示されています。

また、会期終盤の4月18日(土)には、「20世紀末・日本の美術―それぞれの作家の視点から」の刊行イベントが開催されます。登壇者は、中村ケンゴさんをはじめ、共著者である眞島竜男さん永瀬恭一さん、楠見清さん、木村絵理子さん、小金沢智さんが一堂に会し、本書の読みどころや活字にできなかった秘話のほか、本書の先にある「21世紀初頭・日本の美術」について、それぞれの視点から語ります。

 

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中村ケンゴ「自分以外」

さて、前回の永瀬恭一さんインタビューに引き続き、中村ケンゴさんに行った著者インタビューを掲載いたします。中村ケンゴさんがこの企画を組み立てていったお話など、本書の骨組みともなる部分ですのでぜひご一読ください。


『20世紀末・日本の美術―それぞれの作家の視点から』
著者インタビュー(2):中村ケンゴ

— 今回の書籍の元となったシンポジウム「20世紀末・日本の美術—それぞれの作家の視点から」が開催されたのは2012年でしたが、そもそもこの企画を組んだ動機はどのようなものでしたか。

中村 美術批評、ジャーナリズムが成り立たなくなってきた中で、どのように自分や同世代の作家と作品を位置づけていくかということを考えていました。このまま座して誰かがやってくれるのではと期待していてもダメだろうと思い、もう自分自身でやるしかないのかなと……。震災と原発事故も重なって追いつめられた中での決意という感じです。とくに僕たちの世代は、30代になった頃に、美術館の購入予算がゼロになってしまったことと重なって、あまり作品がコレクションされていないんですね。昨年、東京都現代美術館の「開館20周年記念 MOTコレクション特別企画クロニクル1995-」展を見たときにも、あらためてそう感じました。

— デビューから20年といったスパンで、どのように時代が変化したと認識されていらっしゃいますか。

中村 僕たちが活動を始めた90年代は、ポスト・バブルとはいえど、文化的には極めて豊かな時代でした。そういう時代には、大文字の「美術」などということは語りにくかった。当時はポストモダンの時代で、小さな差異に価値を見いだす時代でしたから。ただ、今のように世の中の底が抜けて、シビアな社会問題が剥き出しになって現れてくると、いいか悪いかは別として、あらためて「歴史」とか「美術」といったような大きな枠で議論できる時代になったと思います。それでも、このシンポジウム企画については、はたして本当に意味があることなのかと随分悩みました。何人か若い人にも相談しました。この企画が最終的に書籍になったのは、本当に時代なのだと思います。10年前なら絶対になかったことだと思います。

— 中村ケンゴさん、眞島竜男さん、永瀬恭一さんという3人の作家がこの企画の中心になっているわけですが、その人選はどのように行ったのでしょうか。

中村 僕は自分自身を「ポストモダンかぶれのダメ相対主義者」と自認しているんですね。「あれもいい、これもいい」と、ひとつの強い価値観を持てない。にも関わらず「自分」というものに強く囚われている。囚われるというか、こだわっていられるほど余裕があった時代だったということかもしれません。そうした弱点(?)を反転させて、「自分」ともなるべく切り離せるように、同世代でも、立ち位置や来歴がまったく違う作家と一緒にやるべきだと考えたんです。それで声をかけさせてもらったのが眞島さんと永瀬さんとでした。

— まったく違うというと?

中村 自分がコンプレックスを感じる人を呼ぼうと考えました。眞島さんは日本では希有な存在のコンセプチュアル・アーティストです。アーティスツ・アーティストと言ってもいいでしょう。作家仲間から評価を受けている人です。永瀬さんは非常に理念的な考えを持って創作活動をされている作家で、出版や言論活動も精力的に行っています。どちらも僕にない資質、才幹を持っている。そういう人と一緒に議論することを通して、僕がそのコンプレックスを乗り越えて成長していく(笑)、そういう企画でもありました。わずか3年前のシンポジウムなのですが、今読み返すと、当時はこんなことを考えて言っていたんだと、自分じゃないみたいに感じています。これもある意味成長したってことかもしれません(笑)。またこの企画を通して、自分がいかにスクエアな人間かということがわかりました。戦後民主主義の行き着く先とでもいいましょうか、そんな凡庸な人間が「アーティスト」なんて名乗れる時代なのかと。たぶん「芸術」の側はそんなこと歓迎していないと思いますが。

— 企画のなかで意図されたことはどのようなことでしょうか。

中村 「20世紀末・日本の美術」という大きなテーマ設定ですから、議論があっちにいったりこっちにいったりして拡散しても、ポイントポイントでレールを踏み外さないフォーマットが必要だと考えました。例えば、年表をつくって時系列に語るということですね。年表をつくるにしても、ある目的があって、そこに議論を収斂させていくというかたちで事項を吟味していくということではなくて、あくまでニュートラルなものを準備して、議論が緻密になっていくというより、多面的に広がっていくように心がけました。
この本で、僕は「編著」となっていますが、そういう意味で、僕は主に「編」の部分をやって、中身の部分は共著者のみなさんにつくっていただいたというのが実感です。加えて、楠見清さん、木村絵理子さん、小金沢智さんと、仕事も世代も違う方々が参加してくださったので、結果的に世代論に収斂しない議論ができたのではないでしょうか。まあ、それでも僕ら3人はアカデミシャンではなく作家ですから、かなりいいかげんというか、めちゃくちゃ言ってますよね。そこはもう……おもしろがってやってください。すみません。実際に正誤表がどんどん膨らんでいて、誤字脱字は元より、事実誤認については許されない問題ですので、ご迷惑をおかけた皆様にはお詫びいたします。

— 議論の冒頭で、「表現の潮流」「アートマーケット」「アーティスト・サヴァイバル」の3つのテーマをあげられていますが、結果的にどこに一番ウェイトをおきましたか。

中村 年表に沿って、表現の潮流、流行についてを追いながら、市場のことと、サヴァイバルの話をその都度挟んでいくというかたちになりました。各章の最後にあたるネクストステップの項では未来の話をするわけですから、サヴァイバル中心の話になっています。作家が単純に作品をつくるだけでなく、作品をつくる環境をどう確保するかが重要だという話は、もはやアーティストであるとかないとかは関係ないレベルの話で、あらゆる人たちが21世紀をいかに生きるかという議論だと思います。こうした企画が書籍になったのも、アートダイバーという個人で運営する出版社ができたからこそで、その意味でもこの書籍の刊行自体が、ネクストステップのひとつのかたちなのではないかと思っています。

4月9日・中村ケンゴ個展「中村ケンゴ図鑑 -10年代の作品を中心に」(会場:メグミオギタギャラリー)にて

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『20世紀末・日本の美術―それぞれの作家の視点から』の目次、内容、ご購入はこちらからどうぞ。

 


個展情報
「中村ケンゴ図鑑 -10年代の作品を中心に」
2015年4月3日(金)〜4月25日(土)

会場:メグミオギタギャラリー  http://www.megumiogita.com/
東京都中央区銀座2-16-12 銀座大塚ビルB1

イベント情報
『20世紀末・日本の美術―それぞれの作家の視点から』刊行記念イベント
「21世紀は来たのか?」
2015年4月18日(土)17時〜
登壇者:中村ケンゴ、眞島竜男、永瀬恭一、楠見清、木村絵理子、小金沢智
入場料:無料
https://www.facebook.com/events/809587099110568/

会場:メグミオギタギャラリー  http://www.megumiogita.com/
東京都中央区銀座2-16-12 銀座大塚ビルB1


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