講演会レポート| 宮島達男「四半世紀、これまでとこれから」

2020年9月19日〜12月13日の会期で、千葉市美術館にて開催されている「宮島達男 クロニクル 1995-2020」。千葉市美術館の拡張リニューアルオープンと開館25周年を記念して企画され、首都圏の美術館では12年ぶりに開催された大規模な個展である。展覧会の関連企画として、2020年10月10日、同美術館11階講堂にて、宮島達男による講演会「四半世紀、これまでとこれから」が開催された。
森美術館で開催中の「STARS展:現代美術のスターたち―日本から世界へ」、そして、11月7日〜12月12日にかけてSCAI THE BATHHOUSEにて開催予定の「Uncertain」、11月7日、12日、13日、14日の日程でSCAI PARKにて開催予定の個展と、2020年は宮島達男の名を目にすることが多い。
“宮島達男イヤー”とも言える今、宮島は何を語ったのか、レポートしていきたい。

 

3つのコンセプト

「それは変化し続ける」「それはあらゆるものと関係を結ぶ」「それは永遠に続く」。宮島の活動は、常にこれら3つのコンセプトをベースにしている。宮島の代名詞とも言える、1から9まで数字をカウントするLED作品も、このコンセプトを表現するべく生まれたものであるという。

「作品をどう捉えるかは自由ですが、僕としては、仏教における命を表現しています。仏教では、人は何度も様々な姿で生まれ変わるとされています。輪廻転生ですね。デジタル・カウンターが、1から9までの数字をカウントしている時は『生』、数字が消えている時は『死』を表しています。これが幾度となく繰り返されることで、永遠の生命を表現する。これがLED作品の構造です。仏教哲学者である池田大作は、死は眠りであると言っています。1日のうち、起きてから活動する時間帯を生。夜になると疲れを癒すために眠る、これが死。そして、次の朝がくると、また新しい生が始まるんです。眠っている間は、意識がありませんよね。池田大作は、意識はないが生きている時を、死と捉えているんです。そんな、生と死を繰り返している命を、デジタル・カウンターでは表現しています」

宮島の作品では、マクロな視点から命を捉えた輪廻転生に留まらず、池田大作が説いた、毎日の生活に見出されるミクロな命のあり方をも反映しているというわけだ。では、このコンセプトは、どのように作品化されているのだろうか。今回の展覧会にも出展されている《Innumerable Life/Buddha MMD-03》について、宮島は、以下のように語った。

「この作品には、2500個のLEDが使用されていて、全てが異なる速さで動いています。小さなLEDの一つひとつが命を表現していて、それが無数に集まることで、仏教における宇宙を表しています」

《Innumerable Life/Buddha MMD-03》(2019年)展示風景 Photo by Nobutada Omote

 

パフォーマンス

千葉美術館で開催中の「宮島達男 クロニクル 1995-2020」では、その展覧会名からうかがえるように、1995年を起点としている。では、宮島にとって、1995年とはどのような年であったのか。

「1995年は、僕にとって、非常に大きな年でした。というのも、この年からパフォーマンスを再開したんです。学生時代にパフォーマンスをしたことが、作家人生の出発点です。LED作品の作家だと思われていますが、LED作品は自分の分身が代わりにパフォーマンスをしてくれるものとしてつくってきました。このスタンスは今でも変わりません。しかし、1988年のヴェネツィア・ビエンナーレでデビューしてから、しばらくの間、パフォーマンスは封印していました」

そして、1995年にグリニッジへと訪れたことが、パフォーマンスを再開するきっかけとなったという。

「1988年にデビューして以来、世界中を駆け巡って、作品制作をしていました。ところが、段々、飽きてきてしまい、作品をつくりたくなくなってしまったんです。後から振り返ると、アートワールドは僕が思っていた世界ではないことに気づいてきて、何のために作品をつくっているのかわからなくなっていたんだと思います。そんな時、グリニッジで展示をする機会がありました。グリニッジには、世界の標準時を決める子午線があります。しかし、標準時というかたちで、時間が規定されるのはおかしな話で、時間はそれぞれの人ごとに違うはずです。そこで、標準時を一旦クリアしたいと思い、《Clear Zero》というパフォーマンスをしました。これがきっかけとなり、パフォーマンスを再開し、今日まで続けています」

宮島の代表的パフォーマンス作品であり、場所や状況を変えて、繰り返し行われている《Counter Voice》シリーズへと話は進んだ

「《Counter Voice》シリーズでは、僕がパフォーマンスの型を示して、それを様々な人に実演してもらうことを続けてきました。1から9までは声に出して数えて、0は死なので、息を止めて顔を水につけます。これが、パフォーマンスの型です。このパフォーマンスは、誰にでもできますので、あとでやってみてください。0の時に顔をつける水は、状況やテーマに応じて変えています。これまで、ワインや墨、温泉の泥などを使ってきました。このパフォーマンスを様々な人に実演してもらうなかで、全ての人がそれぞれの表現を持っていることに気づかされました。パフォーマンス中の表情、数字を数えるテンポ、声の出し方や大きさ、どれ一つとして、同じものはないんです」

《Counter Voice in Chinese Ink》(2018/2020年)展示風景 Photo by Nobutada Omote

 

時の蘇生・柿の木プロジェクト

続いて話は、宮島によるアートプロジェクト「時の蘇生・柿の木プロジェクト」へと進む。「時の蘇生・柿の木プロジェクト」とは、被曝しながらも生き残った柿の木を母木として生まれた「被曝柿の木2世」の苗木を、世界中の子供たちに植樹してもらう試みである。プロジェクトの立ち上げ以来、同プロジェクト実行委員会が運営を担っているそうだが、このプロジェクトの始まりには、被曝した柿の木との出会いがあった。

「1995年に、作品制作のリサーチのために長崎へと行ったんです。そこで、被曝した柿の木と、海老沼正幸先生のことを知りました。海老沼先生は、被曝によってケロイド状になった柿の木を治癒して、そこから種をとり、被曝した柿の木の2世を生み出していました。先生に会いに行き、2世の苗木を見せてもらった時に、強く感動したんですね。被曝したお母さんがいて、そこから生まれた子供がみずみずしく元気に育っている。まだ20cmくらいの大きさでしたが、強い生命力を感じました。と同時に、この苗木は僕だと思ったんです。僕は、直接、戦争を経験した世代ではありません。しかし、戦争の宿命を背負いながら生きてきました。この苗木も、僕と同じように、戦争は経験していないが、宿命は背負っている。被曝柿の木2世という美しいものを、世界中の子供たちに知ってもらいたいという思いから始めたのが柿の木プロジェクトです。当時、すでにLED作品で名前が通っていたので、こういったプロジェクトを始めることに対しては迷いもありました。しかし、踏み出さずにはいられませんでした。反対する人がいるのは承知の上で、やるしかないと思い、始めたプロジェクトなのです」

プロジェクトの第1号である、東京都北区にあった旧柳北小学校での植樹から25年、現在では、26か国312か所で植樹が行われ、参加した子供たちは、のべ3万人にのぼる。そして、「時の蘇生・柿の木プロジェクト」のプログラムは、ただ植樹をするだけに留まらないと言う。

「柿の木プロジェクトでは、植樹に加えて、子供たちにアート表現をしてもらいます。歌や踊り、絵を描いたりすることで、子供たちの創造性を開花させ、柿の木の命を感じてもらうんです。アート表現の仕方に決まりは設けていなくて、それぞれの地域ごとに異なる表現が生まれています。平和の種と共に、アートの種も蒔いているんです」

宮島は、「宮島達男というアーティストは、LED作品、パフォーマンス、柿の木プロジェクトの三本の柱でできています。この三つはどれ一つとして欠かすことはできません」と言い、「時の蘇生・柿の木プロジェクト」がいかに重要であるかを強調した。


教育の10年

宮島は、2006年に東北芸術工科大学副学長に就任。さらに2019年には京都造形大学副学長も兼任した。2006年から、両校を退職した2016年までの10年間を宮島は、“教育の10年”と呼んでいる。そして、“教育の10年”は、宮島にとってアートを言語化する機会であったという。

「大学で教鞭をとり、若い世代にアートのことを伝えようとしても、なかなか伝わらないんですね。大学に勤めるまでは、アートが社会的にどんな位置にあって、どういう意味を持っているのか言語化できていなくて、自分でもよくわからなかったんです。そこで、自分の中にあるアート観を言語化する努力をずいぶんとしました。アートには重要な役割、使命があると気づくようになりました。自分の中で抽象化されていたアートという概念を、自分の言葉でみなさんに話せる言葉としてまとめられたんです」

そして、「ここからは、大学の授業です」と、宮島は大学での授業内容へと話を進めた。

「僕が学生たちに訴えていたのは、アートを学ぶことで、人間が本来持っている二つのソウゾウリョクを鍛えられるということです。一つが、想像力(imagination)です。これは、他人の苦しみや悲しみを想像できる力を指します。もう一つが、創造力(creativity)です。これは、新しい何かを生み出す力ですね。人間が生きていく上で、これら二つのソウゾウリョクはなくてはならないものです。つまり、人間にはアートがなくてはならないのです。ドイツのメルケル首相は、covid-19の流行に際して、アートのもつ力は必要不可欠なんだと、明言していましたね。日本の指導者にも言ってほしいところですが、残念ながら、そこまで成長していないんです」

宮島がこういった話を、教場でしてきた背景には、美大に通う学生たちへの思いと、日本におけるアートのあり方への違和感があった。

「芸術大学というところには、作家になりたい人たちが来ている。しかし、学生の99%以上は作家にはなれないんです。となると、何のために芸術大学に来たのか、何のために芸術を学んでいるのか、という疑問が生じるんですね。だからこそ、僕は、こういう話をしてきました。二つのソウゾウリョクを鍛えれば絵で食べていけなくとも、人間としてやっていける。これこそが、人間にとって、最大の教養なんです。既にアメリカの教育は、リベラルアーツを中心に動いています。算数や国語を教える時も、アートをベースにした教育をしているんです。そして、ビジネスのトップにいる人は、アートをよく知っている。みんな、二つのソウゾウリョクの大切さを分かっているんです。しかし、日本では、違う。アートは、趣味や道楽と見なされることが多いんです。僕は、それは違うんだということを教育の10年を通して訴え続けてきました

そして、宮島は、「教育の10年は、僕にとって大きな経験でした」と述べ、アーティストが教育活動をすることについて以下のように語った。

「教育に関わっていると、時間は取られます。以前よりも、発表の機会や海外に行く機会は減ってしまいます。損したねと言われたこともありました。しかし、僕はそんなことは思っていません。アーティストも、教育活動をキャリアに含めるべきだと考えています。そんな思いから、今回の展覧会で作成した年表には、大学での教育活動も記載しました」


「Art in You」

2000年代より、宮島が提唱してきた概念である「Art in You」。この概念について宮島は、『芸術論』(アートダイバー、2017年)の中で、「これは、アーティストだけがアートの主体者ではなく、あらゆる人にアート的な感性があり表現が可能であるという意味である」と記している。宮島は、「二つのソウゾウリョクは、『Art in You』へとつながる」と言い、以下のように語った。

「二つのソウゾウリョクは全ての人が等しく、潜在的に持っているんです。美しい夕焼けを見た時に感動する。綺麗な音楽を聴いて涙する。これは、全ての人に起こりうることですよね。けれども、感動したり、涙を流したりするのは、アートを感じるチャンネルがなければできないものです。アーティストは天才で、すごい。観客は、アーティストがギブしたものをテイクする。こう考える人が多いんですけども、これは間違いです。実は、作品がきっかけとなって、自分の中にあるアートが、自分の内側から出てくるんですよ。アートを見るというのは、自分を再発見していく運動なんです。だから、偉いのはアーティストではなくて、それを見る人たちです」

最後に、宮島はアートの特性と平和の関係へと話を進めた。

「戦争の反対は?と聞かれると、大体の人が平和と答えるでしょう。けれども、戦争は明らかにマイナスですよね。人と人とを分断し、傷つけあう。一方で、平和は、何もない平穏な時を指します。平和は、決してプラスポイントではなくて、ゼロポイントのことなんです。では、プラス方向にグッと引っ張っていくのは何かといったら、それがアートなんですよ。アートは人と人を共感で結んでいくもの。アートを介して、言語や人種を超えてあらゆるものが共感で結ばれていきますよね。だから、戦争の反対は芸術なんです」

 

[展覧会概要]
宮島達男 クロニクル 1995-2020
会期:2020年9月19日〜12月13日
会場:千葉市美術館
https://www.ccma-net.jp/exhibitions/special/tatsuo-miyajima/

宮島達男「uncertain」
会期:2020年11月7日〜12月12日
会場:SCAI THE BATHHOUSE
https://www.scaithebathhouse.com/ja/exhibitions/2020/11/Uncertain/

宮島達男
会期:2020年11月7日、12日、13日、14日
会場:SCAI PARK
https://www.scaithebathhouse.com/ja/exhibitions/2020/11/tatsuo_miyajima_park/


●宮島達男についてもっと知りたい方は、以下の書籍がおすすめです。

宮島達男『芸術論』(1600円+税、アートダイバー )
すべての人がアートと共に生きる世界をめざす「Art in You」
宮島達男の最新の芸術論が詰まった箴言集

 

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