キュレーションとはなにか——「高知の前衛」展を例に

『高知の前衛 高﨑元尚と浜口富治』(高知県立美術館監修、ART DIVER、2026年3月)をもとに

美術館で展覧会を見るとき、私たちは作品と向き合う。しかし展覧会には、作品の前に積み重なった無数の判断がある。何を見せるか。誰を選ぶか。どんな順序で語るか。なぜいま、それをやるのか。

その判断の束を「キュレーション」と呼ぶ。2026年2月から3月にかけて高知県立美術館で開催された「高知の前衛 高﨑元尚と浜口富治」展は、キュレーションとはなにかを考えるうえで、具体的な手がかりを与えてくれる展覧会だった。

キュレーションは「問い」から始まる

展覧会をつくるとき、まず問いが必要だ。「この作家の回顧展をやろう」という出発点でさえ、その背後には「なぜいまこの作家なのか」「何を伝えたいのか」という問いが潜んでいる。

本展の企画者・塚本麻莉(高知県立美術館主任学芸員)が立てた問いは、こうだった。

「高知の前衛」を、状況史として再編する試み——ここで扱うのは、作家の表現の集大成といえる「完成した作品」だけではない。高知における美術の制度、環境、メディア、そして歴史の背後に押しやられてきた人々——これまで表舞台に出ることの少なかった要素に光を当てることで、「作品が生まれた状況」を問い直そうとした。

塚本麻莉「高知の前衛とはなんだったのか」(本書所収)より

「作品」ではなく「状況」を見せる——これが本展のキュレーションの核心だった。

「なぜこのふたりか」という選択

キュレーションの最初の仕事は「選ぶ」ことだ。何を選ぶかは、何を選ばないかでもある。

1960年代の高知で前衛美術を担った作家は、高﨑元尚と浜口富治だけではない。前衛土佐派には延べ44名が参加した。それでも本展がこのふたりを軸に据えた理由を、塚本はこう説明する。

ひとつは、ふたりが一貫して高知に拠点を置き、運動の立ち上がりから変質に至るまで当事者として関わり続けたこと。もうひとつは、「対照的な道を歩んだ」こと——高﨑は具体美術協会へと向かい、浜口は洋画へと回帰した。ふたりを並べることで、ひとりでは見えない運動の全体像が浮かび上がる。

「誰を選ぶか」は、「何を語りたいか」と不可分だ。

高﨑元尚の軌跡

持続的・漸進的。《装置》を数年単位で鍛え直し、外部の条件に応じながら表現を更新し続けた。具体へ、インスタレーションへ。

浜口富治の軌跡

刹那的・爆発的。短期間で前衛の先端を走り抜け、突然止まった。その後は洋画へ回帰。

調査という土台——展覧会は「8年分」の蓄積でできている

キュレーションは、アイデアだけでは成立しない。本展の背後には、2010年代後半から積み重ねられた8年以上の資料調査がある。

ひとつの転機は2017年、高﨑の個展「高﨑元尚 新作展──破壊 COLLAPSE──」だった。会期の最中に高﨑が逝去し、それが最後の個展となった。その後、遺族から作品・資料の寄贈が段階的に進んだ。

浜口については、2021年に妻・未喜子さんが亡くなり、夫妻の旧居の解体が決定されたことが転機となった。解体前に遺された作品と資料の回収が一気に進み、各方面からの私信、写真、展覧会目録、関係作家の作品群などが確認された。

展覧会は「いつ開くか」という問題でもある。資料が整わなければ、見せたいものが見せられない。本展が2026年に開催されたのは、こうした調査の蓄積がようやく条件を整えたタイミングだった。

「見えない人々」を見せる——証言というリサーチ手法

キュレーションのもうひとつの仕事は、「見えないものを見えるようにすること」だ。

本展では、作家の家族や関係者4名へのインタビューを実施し、図録に収録した。高﨑の妻・佳恵さん、浜口の長女・阿部知暁さん、関係者の都築房子さん、武内嘉子さんだ。

なぜ家族の証言が必要だったのか。塚本はこう説明する。「家族は、作家と近しい場所にいながらも、作家の健在時には記述の対象として扱われるケースが少なかった存在」だからだ。

例えば浜口の活動資金は、妻・未喜子さんが「風呂敷画商」として作品を売り歩くことで賄われていた。高﨑の代表作《装置》は、妻・佳恵さんが夜中にオイルの中で塩化ビニールを曲げる作業を手伝うことで生まれた。こうした「見えない労働」は、作品そのものからは読み取れない。

証言を集め、記録し、作品や資料と突き合わせる——これもキュレーションの重要な仕事だ。

「誰が語るか」という構造——3人の書き手

本展の図録には、3人の異なる立場の書き手による論考が収録されている。この構造自体がキュレーションの判断だ。

塚本麻莉(高知県立美術館)は、10年近い調査を積み重ねた当事者として、作品・資料・証言を総合した「状況史」を書いた。富井玲子(美術史家)は、「グローバル美術史」の観点から、高知の実践が国際的な文脈とどう接続していたかを論じた。原田裕規(アーティスト)は、後続世代の作家として、浜口の実践を「運営作品」という独自の概念で読み直した。

3つの視点は、互いに補い合うように設計されている。内側からの証言、外側からの比較、後世からの再解釈——これらを並べることで、ひとつの論考では届かない奥行きが生まれる。「誰に書かせるか」もまた、キュレーションだ。

「語らないこと」の倫理——ローカルなコミュニティの難しさ

キュレーションには、語ることと同時に、語らないことの判断も含まれる。

塚本はこう書いている。「当事者同士の緊張関係や利害調整のうえに成り立つローカルなコミュニティでは、『触れてはいけないライン』が存在する。誰にどこまで言及できるのか。誰を立て、誰については沈黙するのか」。

地方の小さなコミュニティの歴史を扱うとき、この問題は切実だ。記述は誰かを傷つける可能性がある。しかし沈黙は、歴史を歪める。「慎重な配慮を前提に」証言を活用するという姿勢は、この緊張の上に成り立っている。

「いま、なぜこれを」——時代との接続

キュレーションは、過去と現在をつなぐ仕事でもある。本展が問いかけるのは、1960年代の高知の出来事だけではない。

図録に論考を寄せた原田裕規は、前衛土佐派を2010年代の「アート・コレクティブ」の文脈から捉え直した。DIY的な運営、仲間意識、「成り上がり」志向、そして内紛による崩壊——前衛土佐派の物語は、60年後の今も繰り返されている問題系を照らし出す。

また塚本は、発表の場が飽和した現代を背景に、こう問いかける。「県展の有無が作家の生死を分けた時代とは異なり、今ではどんな作家でも、何らかのかたちで『発表』することは容易い。こうした事態は、作家が〈運営〉の必要性を見失い、それによって〈表現〉に幽閉された事態であるとはいえないだろうか」。

過去を掘り起こすことで、現在が見える。それが展覧会の、そしてキュレーションの力だ。

キュレーションの5つの仕事——まとめ

「高知の前衛」展を通じて見えてきたキュレーションの仕事を整理すると、次のようになる。

キュレーションの5つの仕事

問いを立てる——「何を伝えたいか」を明確にする
選ぶ——「誰を・何を・なぜ」見せるかを決める
調べる——資料・証言・文脈を掘り起こす
組み立てる——語り手・順序・構造を設計する
現在と接続する——「いまなぜこれか」を問い続ける

これらはすべて、「高知の前衛」展というひとつの展覧会の中に、具体的な形で埋め込まれていた。

※展覧会会場風景の写真は、塚本麻莉によるもの


この記事は『高知の前衛 高﨑元尚と浜口富治』(高知県立美術館監修、ART DIVER、¥2,970、2026年3月刊行)をもとに作成しました。本書には塚本麻莉「高知の前衛とはなんだったのか」、富井玲子「グローバル美術史なんか怖くない」、原田裕規「浜口富治の〈運営作品〉」の3本の論考と、4名の関係者インタビューを収録しています。
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