「父親としては厄介、作家としては面白かった」——浜口富治の娘・阿部知暁が語る父

『高知の前衛 高﨑元尚と浜口富治』(高知県立美術館監修、ART DIVER、2026年3月)所収のインタビューより

気に入らないことがあると、おかずが食卓を飛んだ。絵を描きたいと言えば「教えない」と突き放した。しかし「愛情は濃いぐらい」だった——。

浜口富治の長女・阿部知暁(1957年生まれ)は現在、埼玉県春日部市を拠点にゴリラをテーマとした絵画制作を続ける画家だ。1982年に大阪芸術大学を卒業し、40年以上にわたって国内外の動物園や野生のゴリラに取材してきた。

本書には、阿部へのインタビューが収録されている。幼少期から父のそばで育ち、時に衝突しながらも向き合い続けてきた娘が、「娘として」そして「ひとりの作家として」ふたつの立場から浜口富治を語る。

「私たちは1対1の関係にはなれなかった」

浜口富治という人物を、阿部はこう語り出す。

「私は娘なんだけど、浜口富治という人を、絵描きの目で見てどう評価するかという目になっている。その目で見ると、後になっては『ここは評価できる』とは言えるけど、あの渦巻きのような中(共に生活している中)でいる時には分かりはしないわよね」

阿部知暁インタビュー(2025年11月28日、埼玉県春日部市)

父と娘の関係は対等ではなかった。「対等に話をするのは(浜口は)許せなかった」と阿部はいう。それでも「彼」「あの人」と呼んで距離を保ち、作家として見ようとしてきた。

母が「風呂敷画商」として家計を支えた

浜口富治は家庭にお金を入れなかった。しかし個展を開くとなると、100万円単位の費用を工面した。その資金はどこから来たのか。

答えは母・未喜子にある。土佐高等学校の保健の先生として収入を得ながら、室戸岬など分かりやすいモチーフを描いた浜口の絵を、自ら「風呂敷画商」となって売り歩いた。「売ったのは母で、父が売ったものは何もない」と阿部は言う。「でも、母が売ったお金は全部彼のもの。それでまた、それを自分の好きなように使ってた」。

浜口が東京の読売アンデパンダン展などで精力的に活動できた背景には、見えない場所で働き続けた妻の存在があった。

「絵を描いてほしくなかった」——複雑な愛情

阿部自身が絵の道に進もうとしたとき、父の反応は冷たかった。

「僕はお金を頂いて教えているけど、君に教えたって何にもなんないから教えない」

浜口富治の言葉(阿部知暁インタビューより)

子供に絵を描いてほしくなかった理由を、阿部はこう読む。「どれだけ過酷か、どれだけ大変か、身に染みてるから」——。突き放した言葉の裏に、深い愛情があった。「嫌いじゃないというか、戦ってるけど娘なんだよね。愛情は濃いぐらいで」。

気に入らないこと、絵が描けないとか何か出てきたら、「こんなもん食えるか」って感情のままにおかずが飛んでたわけよ。私はそれをフーフーしながら取ってあげてたりとか。何で怒ってるのか、状況がわからない。穏やかな時には穏やかでいいわけよ。

── 阿部知暁インタビューより

「セルフ・プロデュースの才能と運を使い果たした」

前衛時代の父を、阿部は作家として高く評価する。「あの時(前衛時代)の富治は完璧だと思う」。しかし続けてこう言う。「そのセルフ・プロデュースの才能と運を、使い果たしたのよ」。

大阪芸術大学在学中、具体美術協会のメンバーだった村上三郎や白髪一雄から「お前の父さんは偉いんだぜ」と言われた。前衛の世界での浜口の名は、娘よりも外の世界で知られていた。「やっぱりうちのお父さんはこっちだよね、って思った。でもそれを言ったら怒るから」。

晩年、脳梗塞のリハビリ中に「何か描いたら」と阿部が声をかけると、返ってきたのは「馬鹿野郎。描けるかそんなもの」という言葉だった。

阿部はこう締めくくる。「父親としては厄介、作家としては、面白かったよね」。

娘が見た、浜口富治という作家

阿部が最も高く評価する父の仕事は、前衛時代の船板や刃物を使った作品群だ。「本当に、船板とか刃物(の作品)が面白いと思うの」。福岡道雄からも「あんたのお父さんはすごかったんだよ」と言われた、と阿部は語る。

一方で、前衛から遠ざかった後の絵画について、浜口自身も葛藤を抱えていた。自分の絵を東京で見た際に「ダメだ、これは」とポロッと言ったことがある、と阿部は明かす。「やっぱり葛藤が心の中であったのよ」。

言葉と絵の境界を行き来し、架空の美術館に案内状を送り、トランクに作品を詰めてゲリラ発表を行った男の素顔が、娘の言葉を通してくっきりと浮かび上がる。

※展覧会会場風景の写真は、塚本麻莉によるもの


この記事は『高知の前衛 高﨑元尚と浜口富治』(高知県立美術館監修、ART DIVER、¥2,970、2026年3月刊行)所収の「インタビュー2 阿部知暁」(pp.91–95)をもとに作成しました。本書には高﨑の妻・佳恵さん、関係者の都築房子さん、武内嘉子さんへのインタビューも収録しています。
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