書評・感想|上路市剛『受肉|INCARNATION』Text:山本知恵

Text:山本知恵(アートライター)

『上路市剛作品集「受肉|INCARNATION」』ではまず表紙に心奪われる。やわらかそうな豊かな巻毛と生々しい白い首筋、精悍な横顔が印象的なこの青年は、上路市剛さんが2023年に制作した《ダビデ》だ。ダビデといえば巨人戦士ゴリアテを倒したイスラエルの王だが、美術室に置いてある石膏像でもおなじみである。この作品は上路市剛さんがダビデ像をモデルとして「受肉」させたものなのだ。
作品集には他にもたくさんの作品が掲載されているが、どれもあまりにリアルである。リアルすぎて実際に生きている人間以上の存在感を放っている。もし、スーパーや本屋などで買い物をしているとき、後ろにこんな存在感のあり過ぎる青年がいて、しかもこちらを見つめていたとしたら……私は声を上げて驚き後ろに飛びすらするだろう。上路市剛さんのこれらの彫刻は一体どのようにして生まれたのだろうか。
この作品集のタイトルの「受肉」については、上路市剛さん自身が最後に掲載されているインタビューの中で次のように述べている。

僕の今のテーマは「同性愛的な美意識」を持った作品をより多く発見し、それに現実の肉体を与えることです。そうすることによって、自分のどうしようもなく彫刻に魅了されてしまう欲求を発散しているのだと思います。彫刻の制作行為を通して発散された欲求が、制作過程の中で作品に蓄積されていき、再結晶したものが僕のリアリズム彫刻なのだと考えています。この一連のプロセスを象徴する言葉としてこの作品集のタイトルは「受肉」としました。(『上路市剛作品集「受肉|INCARNATION」』p.77)

上路市剛さんの彫刻の多くは、美術史上の名作をモデルとして制作されている。モデル選びには一貫して「同性愛的な美意識」が感じられることがポイントとなっているらしい。「同性愛的な美意識」とは、性欲に基づいて表現されたある種異常ともいえるほどのこだわりを指す。初めての作品《ジュリアーノ・デ・メディチ》から最新作の《ダビデ》まで、上路市剛さんはこのような信念で「受肉」させてきた。この作品集では2014年から2023年にかけておこなわれたその様子を見ることができる。インタビューによると、上路市剛さんは美術系の高校を出た後に一般の大学で学びながらリアリズム彫刻を独学で研究したのだそうだ。卒業後には特殊メイクの学校にも通ってリアリズム彫刻に必要な技術を身に着けた。特に義眼制作に力を入れているとのことだが、作品集を見て私は髪の毛や髭のリアルさにも大いに魅力を感じた。思わず手を伸ばしたくなるような質感で目が離せなくなる。これらは、人毛や馬の毛を太さ0.4mmの針を改造した道具を使って、田植えのように(!)一本一本植毛していくのだそうだ。考えただけでひっくり返りそうになる途方もない作業である。「同性愛的な美意識」に基づく強いこだわりによって生まれた上路市剛さんの彫刻は、このようなとてつもない労力と時間をかけてこの世に生まれてくる。この作品集では上路市剛さんの制作した彫刻や言葉のほか、熊本市現代美術館主幹兼主査・学芸員の冨澤治子さんや、自治医科大学形成外科客員教授、造形医学研究所所長の菅原康志さんの言葉も掲載されている。冨澤治子さんの西洋の美青年像が日本にどのように取り入れられたかという解説や幕末に流行したという細工物「生人形」との比較はとても勉強になった。また、菅原康志さんのどこか薄気味悪いような考察にも非常に心を惹かれた。個人的に医療系の小説や漫画を好んで読んでいることもあり、医者と呼ばれる人々が物事をどのように捉え考えているのかが気になったのもある。

もし仮りに、上路氏の限りなくリアルな造形を、ドナーから切り離された移植臓器だとすれば、どうだろう。それはきわめて不安定で、不可思議な存在となる。なぜならそれは、移植されるものとして、レシピエントを必要としているからである。
上路氏の造形が違和感を抱かせるのは、それは彼の造形がレシピエントを求めており、それが充足されていないからではないのか。(同、p.77)

菅原康志さんの背筋が寒くなるようなこの言葉。なんという解釈だろう! 説明しがたいがゾッとするような魅力を感じた。上路市剛さんの作品は恐怖と背中合わせの美しさを秘めている。作品集には他にも作品解説や制作過程の写真が掲載されている。特に、冒頭で射るような視線を投げかけている《ダビデ》が、制作過程で頭にたくさんのカーラーを巻いている写真は大変ほほえましくて目を惹く。この写真については上路市剛さん自身も作品解説のところで「必見」と言っているので、見どころの一つといえるだろう。最後にお気に入りの作品を一つ選んでみようと思ったのだが、一つには選びきれなかった。私は《ダビデ》、《ジュリアーノ・デ・メディチ》、《空也上人》がとても良いなと思った。結局イケメンが好きなのかもしれない……。そして髪の毛の表現がやっぱり見事なのだ。《ダビデ》や《ジュリアーノ・デ・メディチ》のやわらかそうな巻き毛も、《空也上人》の坊主頭からツンツン飛び出た短い毛も、どちらも捨てがたい。そして《ダビデ》や《空也上人》の精悍な顔つきも《ジュリアーノ・デ・メディチ》の柔和な顔つきもとても魅力的だ。どれも実際に触ってみたくなるような作品なのである。

 

上路市剛作品集「受肉|INCARNATION』
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