2025.01.25

山本尚志日記｜書×アートのゆくえ「専業作家になって、はじめて得られる自由」

国内外のアートワールドで再評価の機運が高まる「書」。群雄割拠の現代書家のなかでも、「ART SHODO」を提唱し、「モノにモノの名前を書く」というコンセプチュアルなスタイルで、現代書と現代美術とを横断し強烈な存在感を放つのが山本尚志です。
アートダイバーでは、山本の珠玉の作品を収めた『うごく木　山本尚志2016‒2023作品集』を2024年2月に刊行しました。
作品集では作品のビジュアル面にフォーカスをあて、テキストは選び抜いたエッセンスのみを掲載するというミニマルな構成にしました。
一方で、山本は日々SNSでさまざまな情報を発信しています。自身の作品についてはもちろんですが、その話題はアートや書の世界の成り立ち、アーティストのサバイバル術、心構えなど多岐にわたり、広く読まれるべき文章だと強く感じました。
そこで山本に転載の許諾を得て、ここに掲載することとなりました。随時更新です。のんびりとご高覧ください。

編集：細川英一（ART DIVER）

物事には「時期」というのがあって、書道がこんなふうに美術の仲間入りを果たしてから、まだ日は浅い。
今年のアートバーゼル香港で、石川九楊、比田井南谷のブースが登場し、書道を取り巻く環境がにわかに騒がしくなってきた感があることを、どれだけの人たちがキャッチしているのか。
特に書道界隈の人達は、美術の情報には疎く、今こんなに書道が注目されているのだということを知らない人がほとんどなのではないかと推察する。
若い人でもそう。彼らは、書道を真面目にやってきた。しかし、それを導くオトナの側に、別の思惑があって、新たな時代の到来から遠ざけてしまってるのが現状。それは、伝統書道の名の下、若者を後継者として指名していきたいからにほかならない。
よって、書道から美術を目指す若者は不足し、このまままた、前衛書道以降の暗黒時代に逆戻りしてしまうだろうという、不安ばかりが先に立つ。
若者にも、そして、私と同年代、いや、それより上の人たちにも僭越ながら「美術教育」が必要なのである。私はそれを実践してきた。
ただ、残念ながら、世間一般ではいまだに「書道とはお習字の延長」「一字を馬鹿デカく書く和服姿のパフォーマンス」という認識が一般的で、そっち側に騙されてる「書家」が多いから、彼らをどうやったら普遍的かつ世界的なアーティストにさせることが出来るのか、日々悩ましく思っている。
悩みがもし、自分にあるならば、それだけ。自分の仕事に迷いはない。作品をどうするかってのはもちろんあるけど。
僕は、知識の問題だと思う。
村上隆の『芸術起業論』を読んでないとか、ジェフ・クーンズを知らないとか、今生きている最先端の我々が、いかにその先にコマを進めるかって時に、ピンときてない人たちが多すぎて困る。
知れば、この世界のことはわかる。
でも、世界の辺境であるこの日本で、伝統書道をいくら推し進めたところで、それは国内限定。さらに、作品が売れた試しなどなく、展覧会では特選とか、佳作に選ばれても、押入れにしまわれておしまいというケースがほとんどなのではないか。
先のMDPギャラリーでは、受賞者のいくつかの作品がチラホラ売れ、新たな注目作家が出始めている。
そうした新しい局面に、実は我々は既にいて、先にどんどん進んでいるのだ。
自分も、今は秋の個展に向けて、新作を数多くつくらねばならない状況の中にいる。デパートでの展示だが、規模はこれまでより大きく、驚いている。
だから、期待に応えないといけない。大変僭越ながら、そんな立場の人間も出始めているってわけ。
次は自分の番だと、息巻いている連中も周りにいて、僕を応援してくれる彼らは、未来の自分の姿を投影してくれているのだろう、良い熱気の中にいる。
しかし、そのレベルでも、間違えた方向に行ってしまう可能性があるからこそ、毎回毎回、美術関係者をお呼びして、アートコンペを開いている。
もはや、僕個人は勉強会など特に開かなくても、舞台は整ってきたというわけ。
でね、柳の下のドジョウとばかり、この盛り上がりを利用している輩もチラホラと出ている。国内でも、海外からも。
まあ、でも彼らがいくら頑張っても、正規ルートでない獣道では、世界のトップレベルには届かない。それもまた専門の知識のない人たちの内輪話にとどまっているというわけ。
今は、毎日のように、アーティストを目指す若者と語り、これまで自分が味わったこと、これからどのような作品をつくっていけば良いのかまで、色々アドバイスしてる。中堅以上の方々は、コンペの場や、既に取り扱い作家の場合は、ギャラリーから直接指導が入ってるはず。僕も毎週のように、マザーギャラリーからの指示があるからわかる。
そういう忙しい中でも、ちゃんと全体のことは見てるから、安心して欲しい。僕は、書道を世界のアートシーンで通用させるまで、この態度を改めることはないからね。