書評・感想|『沖縄画―8人の美術家による、現代沖縄の美術の諸相』文:德光椋子
「沖縄画」という言葉が持つイメージ
「沖縄画」と私が最初に聞いたとき、それは沖縄に伝わる絵画技法を使った作品なのか、はたまた沖縄という土地を描いている作品を指すのかと想像していた。しかし本書を読んでいくと私のイメージとは異なった意味で使われており、様々な話題が展開されていた。
『沖縄画―8人の美術家による、現代沖縄の美術の諸相』(アートダイバー、2023年)は去年の8月に沖縄県立芸術大学附属図書・芸術資料館でおこなわれた展覧会の記録集である。この展覧会は沖縄という地縁だけを手掛かりに、新進気鋭の作家8名が紹介されている。作家を包括的に「沖縄画」と呼び、沖縄に対する固定したイメージを開放する一方で「沖縄画」と呼ぶことで見えてくるものがあるのか、「沖縄画」は可能かを試みている。「画」といっても絵画だけでない。ここでは視覚的イメージ全般を示しているため、絵画から彫刻、インスタレーションなど幅広く取り上げている。
「沖縄画」の意味を沖縄に伝わる伝統技法と勘違いしていた私にとって印象的だった作品がある。それは自ら琉球画家を称する仁添まりなの作品だ。琉球画家という言葉があるように、琉球絵画というものが存在していたことを私ははじめて知った。仁添は一度途絶えた琉球絵画を研究しながら、再興しようとしている。私が作品に惹きつけられた理由はそれだけではない。《ニライカナイからの招待状》はウィリアム・モリスを彷彿とさせる構成と色彩を組み合わせていることに驚いたからである。古典的な中国絵画や日本絵画の要素を持ち合わせながら、多様性を認め合い、積極的に取り入れていく。異なった価値観を拒むのではなく、自らの芯を持って尊重する姿勢が非常に印象的であった。復興するだけではなく様々な要素を含んでおり、現代にしか起こりえない琉球絵画であるように思えた。
仁添まりな《ニライカナイからの招待状》2023年 紙本着色 201×144×3cm Photo:高野大
もう一つ、現在もガザ地区などの戦争問題など、土地と戦争は強く結びついた問題が絶えない。そんな中で、寺田健人の《the gunshot still echoes》は戦争について考える作品としてインパクトの大きい作品であった。
《the gunshot still echoes》:沖縄戦で出来た街中の弾痕を写真に撮りコンクリートにUVプリントで転写し、その写真上の銃痕部分を掘り、現在も米軍から放出されている銃弾の薬莢を溶かして流し込んだ。
『沖縄画―8人の美術家による、現代沖縄の美術の諸相』アートダイバー、2023年、p.53
真っ暗な展示室にスポットライトで作品一つひとつが照らされている。そのため流し込んだ銃弾の薬莢の金色がきらりとひかる。写真に流された金色は私に装飾としての綺麗さと戦争の痛みの両方を想像させ、複雑な気持ちにさせた。寺田は戦争から生じた基地問題に関しての課題が残されたままにもかかわらず、祈りの儀式は形骸化し、その事実が覆い隠され、忘れ去られてしまうことを危惧しているという。
寺田健人《the gunshot still echoes #1_shisa》2023年 コンクリート 、薬莢、UV プリント 30×30×5cm Photo:高野大
そしてもう一つ、政治的な話題が向けられる作品とは異なり、動植物の彫刻やドローイング、写真などが並び、森の空気をすっているような印象的な空間があった。陳佑而の作品である。これらの動植物たちに目を向けると、無垢さや繊細さが感じられ、ひとつの生命体としての命を宿しているかのようである。陳はこれらの制作をする一方で、動物園で飼育員をしている。陳が実際に生命と向き合った行為が作品に強く反映されている。上述で紹介した琉球画家の仁添や沖縄戦をモチーフにしていた寺田だけでなく、多様な生物が住まう沖縄を拠点とし動植物をモチーフとしている陳の作品は、「沖縄画」をかなり広い範囲に定義していることがうかがえるだろう。
陳佑而《The land you land 》(部分)2023年 彫刻粘土、乾漆、石、木、木版画、植物標本など Photo:高野大
「東北画は可能か?」で知られる三瀬夏之介を招いたトークイベントでは多くの来場者も積極的に参加し、白熱した「沖縄画」についての議論が展開されていた。
作家側からの「沖縄画」と括られることへの疑問や来場者の意見、様々な側面から議論がされているので、本書を読んでいただきたいところである。
トークイベントを読んでいて、たしかに展覧会コンセプトと作家作品との距離感に少し違和感を覚えた。8人の作家だけで沖縄を語るというのもなかなかシビアなもので、特に三瀬の発言に個人的に納得するところがあった。
三瀬:[…]100 人以上の沖縄に地縁のあるアーティストの作品を概観できて初めてこの土地の多様性を感じれるものになるのかと。だから今回の展覧会はその入り口なのかなと思いました。
同書、p.63
また私が前述で「沖縄画」のイメージを語ったように、トークイベントでは様々な「沖縄画」へのイメージが一人ひとりにあった。そして作家が「沖縄画」と括られてしまうと危惧したことやトークイベントでの来場者のコメントなどからも、「沖縄画」は強い言葉であると知った。沖縄県立博物館・美術館の学芸員である大城さゆりの発言からもここがスタートであることがとても意識される。
大城:[…]「沖縄画」という言葉に対してどういうイメージを持ったのかというところが、ようやくスタート地点であるという捉えかたを私はしています。
同書、p.66
大城と三瀬の発言は今回開催された「沖縄画」をよく言い表していると感じた。沖縄という土地だからこそ生まれている様々な課題が複雑に絡みあっている。それらに意識的にも無意識的にも影響を受け昇華していくアーティストたち。本書を読んで、「沖縄」について、そして「芸術と地域」について考える有意義な時間となった。この書評では印象に残ったアーティスト3名を取り上げたが、他5名の作品も興味深いので、ぜひ本書にあたってほしい。
『沖縄画―8人の美術家による、現代沖縄の美術の諸相』
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