書評・感想|『明日少女隊作品集「We can do it!」』Text:德光椋子

フェミニスト・アートを気軽に学ぶことができる作品集は私にとってはじめてであった。自分には関係ないと思っていたフェミニズムを自分事として考えるきっかけとなった。
今日よく見かけるフェミニストの投稿やそれに対する賛否両論のコメント欄。SNSでの議論が多いがゆえに何が情報として正確なのか、フェミニストの思想がどのようなものかわからなくなる。大事な問題だと思いつつも、たくさんの活字を読む気にもならない。自分には関係ないからまあいいかくらいの気持ちでいた。そんな中、明日少女隊の作品集を読む機会に巡り合った。
2015年から活動を始める明日少女隊は、東アジアの若い世代向けのフェミニズムをテーマにアート制作やアクティビズムを展開している。日本だけでなく韓国やヨーロッパなど世界中にメンバーが存在し、インターネットを拠点に活動している。明日少女隊のトレードマークはウサギとカイコをモチーフにしたピンクのマスクだ。このマスクを被ることにより匿名性を保っている。明日少女隊が匿名で活動する経緯には1985年にニューヨークで誕生したゲリラガールズというフェミニストアーティストグループの存在があったという。その中でも明日少女隊が影響を受けた言葉が私にとっても非常に印象的であった。

“We wanted the focus to be on the issues, not on our personalities or our own work.”
(私たちのパーソナリティや作品ではなく、問題そのものに焦点を当ててもらいたい)

『明日少女隊作品集「We can do it!」』アートダイバー、2023年、p.8

ゲリラガールズはあるインタビューで匿名であることについてこのように語り、女性問題を扱う時には匿名で活動することをすすめている。もし声を上げたとしても、発言した人の容姿やファッション、年齢などをメディアが強調してしまい、提起された問題が見えにくくなってしまうのだ。他にも匿名であることにより、入ったばかりのメンバーでも、明日少女隊としてインタビューを受けたり登壇したりすることも少なくない。グループ活動をおこなううえで興味深く感じられた話であった。
明日少女隊の作品は身近なものから親しみのない問題まで幅広く扱っている。特に目を惹いたのが、女性であれば多くの人が知っている雑誌『ViVi』への問題提起作品だ。2015年4月号に「なれるものなら“プロ彼女”」という特集が組まれ、そこでは男性に従う女性が堂々と描かれていた。プロ彼女とは、「彼に作る料理は常に10品以上の和食」や「彼とのデートでは彼の三歩後ろを歩く」などというものだ。私でさえも彼女は家政婦か!と突っ込みたくなるような内容であった。明日少女隊はこの特集を女性への暴力を助長するものだとして公開書簡と《なれるものなら“Happy彼女”》というグラフィック作品を展開している。Happy彼女は「彼に作る料理は作りたい人が作りたいものを」や「彼とのデートでは彼との会話を楽しみながら歩く」など女性は男性に従うもの、我慢するものという固定観念を打ち消している。私にとってはHappy彼女の考え方が当たり前だと感じていたが、女性が男性に従う構図はなかなか変化しにくく、根深い問題であると改めて感じる作品であった。
もう一つ興味深いと感じた活動があった。それは《広辞苑キャンペーン》(2017年)だ。
明日少女隊がネットで「フェミニズム」や「フェミニスト」と検索したところ、検索結果の1ページ目はほぼ全てフェミニストに反対する人たちのブログだったという。多くの人が、広辞苑のフェミニストの定義を引用し、「フェミニズムは女権拡張運動。女尊男卑の思想だからよくない」と結論付けていた。第6版広辞苑では以下のように定義づけされていた。

[フェミニズム]
女性の社会的・政治的・法律的・性的な自己決定権を主張し、男性支配的な文明と社会を批判し組み替えようとする思想・運動。女性解放思想。女権拡張論。
[フェミニスト]
女性解放論者。女権拡張論者。俗に、女に甘い男。

同、p.88

そこで明日少女隊は「フェミニズム」の定義に「性別間の平等」を入れるため、署名運動や動画制作をおこなった。フェミニストとそうでない人ではこんなにも解釈のギャップがあるのかと私は驚いた。明日少女隊の活動は功を奏し、第7版広辞苑では「性別間の平等」という定義が組み込まれた。「フェミニスト」に「女に甘い男」という定義が残っていることが課題のようだが、実際に署名運動などの活動をおこない、広辞苑の定義を変えるという目標を達成させる明日少女隊の行動力と強さに衝撃を受けた。
フェミニズム、フェミニスト・アートの歴史からはじまる本書はフェミニズム初心者の私を歓迎してくれた。性犯罪に関わる刑法の改正や慰安婦問題、志摩市公認の萌えキャラクター問題などここで語ることができないほど様々な問題を提起し、紹介している。明日少女隊の9年間の作品、そして寄稿や対談が収録され、たいへん充実した作品集であった。作品集を読み終えたあと、女性であり、セクハラなどを経験したことがある私は紛れもなく「当事者」であることを認識させられた。そして明日少女隊の活動にも確かにそうだと思うことがいくつかあった。しかしながら、私は当事者でもないし、フェミニストにもならないという気持ちに苛まれた。自分語りをはじめそうなのでここで控えておくが、それはなぜなのかと自分について考える時間が増えた。この作品集で正しいフェミニストについて学ぶことができ、自分事として考える契機となった。明日少女隊と同じ悩みを持つ若い女性の読者を念頭に置いているが、フェミニズムを食わず嫌いしている人にもぜひ読んでいただきたいと思う。

 


明日少女隊作品集「We can do it!」
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