『金子國義スタイルブック』制作秘話

稀に見る鋭利な美意識で孤高で耽美な世界を描き続けた画家、金子國義(1936-2015)。生前、金子の元には多くの若者が集まり、その創作の源泉となる美意識を学ぼうとしたという。金子からじかに指導を受けた人々へのインタビューを通して、金子の美のスタイルを拾い集めたのが『金子國義スタイルブック』である。ここでは巻末に収録された岡部光の文章を掲載し、本の制作経緯やコンセプトを紹介する。


金子スタイルを次世代に

文・岡部光

この本は、2015年3月16日に逝去された金子國義先生が、かつてのお弟子さん、そして私淑していた若者たちに向けて発したメッセージを、先生の作品とともにまとめたものです。10代、20代の多感な時期に先生のアトリエで多くの時間を過ごした方々に僕が直接インタビューして、印象深い発言をピックアップしました。
金子先生は、肩書きを問わず、何かピンとくるものがあれば誰でもアトリエに招待するとてもオープンな方でした。だから、大森のアトリエにはさまざまな人たちが出入りしており、まるでアンディ・ウォーホルのファクトリーに無名だったルー・リードやニコたちが出入りしていたように、夢を抱いた若者たちが先生を慕って、あるいはリクルート(?)されて集っていたのです。ある意味で、日本においてもっともウォーホルに近い存在だったのは金子先生だったかもしれません。
先生は、そんな若者たちに、自身の所有する貴頂な資料を惜しみなく提供し、同時に生活の作法を厳しく伝えていきました。その内容は、金子先生がかつて弟子入りしていた歌舞伎舞台美術家、長坂元弘さんから引き継いだものに加え、私たちが今忘れがちな、ごくあたりまえの「気持ちの良いこと」「他者を不快にさせないこと」「礼儀にかなったこと」が多かった気がします。この本を企画したきっかけは、金子先生が若者に発した言葉と作品をミックスすれば、新たな世代に金子スタイルが浸透するのではないかという思いからでした。DJがレアグループをリミックスして名曲を未来につなげるように、先生の教えをソウルフルに伝えられるのではないかと考えたのてす。

僕が金子作品に初めて触れたのは、70年代はじめに母親が買っていた『婦人公論』の表紙でした。子どもだった当時の私には「へんてこりんな絵だな~」という印象でしたが、今でもその絵を思い出せるほど強烈なインパクトがありました。その後、1983年にリリースされた加藤和彦さんのアルバム、「あの頃マリー・ローランサン」のジャケットに一目惚れし、金子作品との久々の再会を果たしました。翌年、渋谷西武で開催された個展「金子國義EROS’84」を見て僕は金子作品の決定的なファンになりました。この個展では、ほぼ毎日アーティストや俳優たちをゲストに招いたトークショーもあり、10代の僕はすっかり華やかな雰囲気に酔ってしまい、連日通いつめたのです。
僕がここまで心惹かれたのは、もちろん作品が素晴らしかったせいもあるのですが、どちらかといえば金子國義が作り出しているシーン、そして世界観に魅了されていたからです。雑誌などに掲載された大森のアトリエ写真は、僕にとっては美のワンダーランドのように映りました。金子先生は、80年代にしばしば雑誌メディアなどにエッセイを寄せていたり、インタビューを受けたりしていましたが、そこで語られる内容は大森のアトリエについてや、お料理、ファッション、映画、バレエに関することが多かったと記憶しています。つまり、彼は僕がこれまで知ることのなかったタイプの画家であり、ポップスターのようなきらめきを放っていました。かつて金子先生は、油絵を始めた動機を問われた際に、「自分の部屋を飾りたいから絵を描き始めた」と答えています。そこには、自分の審美眼に合ったものに囲まれ生活したいという生へのポジティプな姿勢が感じられます。毎日、見るもの、着るもの、聴くもの、そして付き合う人たちとの生活の延長線上に作品があるというアーティストは当時でも珍しい存在でした。その後も個展にお伺いして、時が経っても色褪せない傑作の数々と再会して感激を新たにしたり、新作のみずみずしい作風に驚かされたりしていました。そこに届いた突然の訃報。Bunkamura Galleryで元気なお姿を拝見してから、約2ヵ月後という信じられない展開でした。

この本は、どこから読んでもらってもオーケーです。コンパクトなサイズの本なので、バッグに入れて、旅先で、車中で、お気に入りのカフェで、好きなミュージシャンの楽曲をシャッフルして聴くように楽しんでください。ページを読み進めながら、生きるということは、私たち一人ひとりが作り上げていくアート作品ではないのか、そして、人生という劇場でご機嫌な主役を務めるのは私たち自身ではないか、というような思いをじんわりと感じていただければ嬉しいです。

(『金子國義スタイルブック』アートダイバー、2016年、pp.97-98より抜粋、編集)

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金子國義スタイルブック

 

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