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対談|関口雅文✕荒木慎也―私立美大と東京藝大の比較から考える美大入試の問題点

荒木×関口 対談 アイキャッチ
「青春と受験絵画」展(パープルームギャラリー)連動企画(2)

対談|関口雅文✕荒木慎也
私立美大と東京藝大の比較から考える美大入試の問題点

Text : 荒木慎也


本ページは、「対談|海老澤功✕荒木慎也―対象/テーマに対する画家の精神性の在処」の続編である。ここでは、2020年3月まで新宿美術学院で講師を勤められていた、関口雅文氏との対談をお届けする。本対談が行われることになった経緯については、先の海老澤氏との対談を参照していただきたい。
関口氏は新潟県出身、新宿美術学院で2年間浪人し、東京藝術大学油画専攻に合格した。1992年から2020年3月まで新美で指導をし、多数の藝大・美大合格者を輩出してきた。一方で、関口氏は2020年5月に予備校講師らと開催したzoom飲み会では、現行の入試制度の問題点を一際熱く語ってもいた。美大、とくに東京藝大の入試の問題は、私も様々なところで耳にしたが、一体何が問題なのだろうか。この問題を、私立美大との比較も交えつつ、関口氏に詳しく聞くことにした。

荒木慎也


多摩美・武蔵美の入試の傾向について

荒木 先日、海老澤功先生から7時間超にわたって(笑)入試の流れの話を聞いてきました。関口先生は新美を今年退任されたということで、一歩離れた立場から入試のことをお聞きしたいです。藝大については海老澤先生にお聞きしたので、関口先生からは藝大と関東の私立美大の違いについて、ご意見をお聞きしてもいいでしょうか。

関口 昔は大きく違いました。とくに90年代から2000年代前半くらいまでは、新美から多摩美術大学(以下、多摩美)はほとんど受からなくて、藝大より合格率が低かった。藝大と多摩美の傾向が全然違ったので、多摩美の成績がいいと今度は藝大に全然入らなかったり。多摩美はデッサンか油彩のどちらかに必ず人物課題を出題し、どうやら人物をデッサン的にしっかり描かせたいという意図があった様ですが、藝大は1次試験が国技館でしたから当然人物は出ない。当時の新美は藝大中心で素描でさえかなり自由な絵を描いていましたから、どうしても多摩美の傾向とずれる。それに、当時の多摩美はこういう風に描かないと受からないという合格のストライクゾーンが小さかったんです。

荒木 武蔵野美術大学(以下、武蔵美)は昔から「野武士」とか言われていましたが、その頃の武蔵美はまだ泥臭い素朴な描写でしたよね。

  • 多摩美術大学絵画科油画専攻合格者の参考作品。2001年度の新宿美術学院『入学案内』より引用。
  • 武蔵野美術大学油絵科合格者の参考作品。2002年度の新宿美術学院『入学案内』より引用。

関口 僕が新美で教え始めた90年代初頭は、まだ石膏デッサンを出していて、宇佐美圭司先生が入試に関わる様になってから、デッサンでも石膏なしの静物とか手渡しモチーフ課題やイメージとかも出すようになって、入試の内容が変わっていきました。ただ、藝大の動向を見て武蔵美も変わる、という感じではなかった。多摩美の方が藝大を意識していたと思います。

荒木 この流れで、その後の私大の変化についてもお聞きしたいです。

関口 多摩美が変わっていったのが2000年代からで、ずっと人物だったのが、2006年に堀浩哉先生の出題なのかな? 会場にモデル台だけがあって「あなたの目の前にあるモデルにはモデルはいません。いくら待ってもモデルは来ません。あなたの『心の中のモデル』とは? 三つのキーワード〈思い出〉〈内面性〉〈幻想〉を手掛かりにして、各自が想定するモデル、またはイメージを自由に表現しなさい」という出題がありましたよね。あの頃から大きく変わった感じです。最近の多摩美は、モチーフを出してもそれはきっかけに過ぎず、どういうことを考えているか、どういうことを感じているか、そういうところを見るようになりました。また、非常に面白い出題が多くて、取る作品のヴァリエーションも明らかに広がりました。

荒木 そうすると、新美としても非常に対策を立てやすくなったんじゃないでしょうか。

関口 なりましたね。絵画としていいものだったら取ってくれるという方針に変わってくれたので、急に受かり始めた。

荒木 大学としては、昔は多摩美のほうがおしゃれなイメージだったのですが、武蔵美が市ヶ谷キャンパスに新学科を設立したりして、ここ10年くらいで多摩美と武蔵美のイメージが逆転したと思うのですが。

関口 武蔵美は地方から受けやすい、地方の高校の先生にも指導しやすい試験を出題するので支持を得てきた、というのはあります。武蔵美は研究室単位ではなくて学校単位で方針がはっきりしてる印象がありますが、多摩美の場合は油画科が独自に決めたことをやっていく、科や研究室単位で動いている印象です。多摩美はいろんな先生がいらっしゃるので、色んな作品をとってくれるという印象があるんですけど、武蔵美は依然としてペインタリーな感じが好きな印象があります。

荒木 昔の名残がまだあるんですね。

関口 非常にあると思います。武蔵美は本質的には変わっておらず、僕たちが浪人していた時から変わっていない。もちろん描写力は昔の人のほうがありましたが。武蔵美は入学後AコースBコースに分かれていて、Aコースが絵画的な仕事をして、Bコースが現代美術寄りといった分け方をしています。色んな先生がいるので入試でも様々な作品をとってくれるのですが、それでも多摩美と比べるともう少し本能的と言うか、自分の中から出てきた表現を好みます。

  • 多摩美術大学絵画科油画専攻合格者の参考作品。2012年度の新宿美術学院『入学案内』より引用。
  • 多摩美術大学絵画科油画専攻合格者の参考作品。2012年度の新宿美術学院『入学案内』より引用。
  • 多摩美術大学絵画科油画専攻合格者の参考作品。2012年度の新宿美術学院『入学案内』より引用。
  • 武蔵野美術大学油絵科合格者の参考作品。『新宿美術学院 入試択作資料集』2014年より。
  • 武蔵野美術大学油絵科合格者の参考作品。『新宿美術学院 入試択作資料集』2016年より。
  • 武蔵野美術大学油絵科合格者の参考作品。『新宿美術学院 入試択作資料集』2018年より。

 

予備校のクラスは助け合い

荒木 新美のクラスによる違いについても聞かせていただきたいです。

関口 例の昼間部の合格者がゼロの年に反省をして、できるだけ一つの方向に固まらないようにやってきたんです。生徒の作風が一つの方向に固まってしまった時に、それが受からなかった時の反動が大きいですから。当時のことを振り返ると、昼間部の合格者がゼロだった年は講師3人体制でやって、カリキュラムもクラス間で使い回していた。それが悪い風に出ました。当時はコンクールもやっていたので全体の感じも似てしまいました。それで反省して、各クラス独自方針でやっていこうと。

荒木 これはちょっと聞きづらい質問ですが、例えば海老澤クラスは非常に合格率が良かったじゃないですか。しかし各クラスが違う方針でやっていくと、新美の中で受かるクラスと受からないクラスが出てきます。そこは割り切って、全体で一定数の人数が受かればよい、としていたのでしょうか。

関口 毎年違う課題が出てきて、色んな絵が受かるようになると、さすがの海老澤クラスでも対応できない年度もある。そういう時に他のクラスからたくさん受かったりする。クラスによって合格者数は違いますけど、ずっとダメなクラスはさすがにない。1、2年結果が出ないとやり方を変えていたので、一つのクラスが長期間受からないというのはなかった気がします。

荒木 すいどーばた美術学院が昔から担任制でしたが、昔のどばたはクラス同士を競争させてモチベーションを上げるという戦略をとっていました。そのへん新美はどうでしたか。

関口 基本的に味方なので、我々の中で競うという感覚はなかったです。全体でたくさん受かるのであればいい。昔は描ける順に受かっていたので、競わせれば受かっていくところはあったと思います。

荒木 新美の講師は年によってペアをどんどん変えていくのですか。

関口 僕はいろんな先生とペアを組みました。戸川先生とは3年。現在の昼間部主任の山本成伸先生とは長くて12年ペアを組みました。1990年代は生徒数が増えていたので、既存のクラスを解体して新人講師とベテランが組んだり。講師も育てないといけないので、次々とクラスを変えていました。それから、成績が悪かったクラスの先生は、自信を取り戻すために成績の良かったクラスの先生と組んでみたり。一番多かった時は入試直前も含めて10クラスの時がありました。

荒木 当時は傍目に見ていて新美のビルがどんどん増えていく感じがしていました。

関口 増えてはいないですけど、ビルを借りて第2校舎にしていた時期はあります。当時は新美が一番潤っていた時期じゃないですかね。油絵科だけで300人を超えていましたから。

1990年代の新宿美術学院の教室風景。生徒が密集してモデルを4重に取り囲んでいるのがわかる。1997年『入学案内』より。

荒木 最近の藝大の入試では、いくつかの言葉があってテーマを選ばせる問題が続いていました。こういう問題に対してはどう対処していたのでしょうか。

関口 選べるということは自分の得意なものを選べばいいわけですから、全部できる必要はない。あまり苦手なものは選ばなければいいんじゃないか、という感じでした。入試は行ってみないとわからない。選択肢があるかどうかもわからないので。世間で言われているほど、入試で「こういう問題が出たらこうする」みたいなことはあまりやりませんでした。

荒木 じゃあ、生徒が一つの型を持つというよりは、いろんな問題に対応できるように柔軟に。

関口 あまり一つの方向で固めてしまうとそれ以外できなくなってしまうので、今の入試だと対応できない。90年代の方が作戦があって、どんな問題が出ても課題を自分の作戦に持ってくればいいんだよ、という時代でした。教える年によってだいぶ指導方針を変えたと思います。

 

型にはまりたい生徒たち

荒木 関口先生はもう30年近く予備校で指導されてきましたが、予備校に入ることによって生徒が型にはまるのか、それとも型にはまっている学生を解放する仕事が多かったか、どっちだと思いますか。

関口 今は解放したい方です。というか、むしろ受験生の方が型にはまりたがる事が多くて、ちょっと待てよと。もちろん将来の作品制作も見据えて、自分にとって素直な方向は何か、というのを見つけさせることに主眼をおいています。その中で受験にフィットする方法を考えてあげるのが予備校の仕事というか、受験のことはあまり受験生任せにしないようにしました。受験は我々が考えるから、みんなは自分の作品のことを考えなさいって。

荒木 予備校に対してよくある批判で、受験生を型にはめる、というのが昔からありました。ところが、私の個人的な経験からいっても、そもそも若い人ほど型にはまっている事が多かったです。

関口 よく受験生、特に講習会とかで他の予備校から来る外部生から言われるのが「いい方法ないですか?」です。「自分はスタイルが決まってないので、早く固めないと心配なんです」と言ってくる外部生が多かった。やはり不安なんだと思います。受験生は受かっている人の情報しか見ないですし、ほんの数年、長くて3、4年くらいの情報しか見ないですから、その中で受かっている作品の傾向を見て、それに近づけたがる。形から入っていきたがる傾向はあったと思います。

荒木 長期間、受験生を見てきて、生徒の気質や傾向に変化はありましたか。

関口 生徒も変わったし、入試も変わりました。90年代から2000年代はじめまでとそれ以降で、だいぶ指導方針も変えてきた。近年では、大学側が受験生の考えていることを見たい、どういうことを感じているかを見たいという方向に変わってきたので、スタイルを固めるとバレてしまう。

荒木 とすると、学生をほぐしていく教育が必要になりますね。そこの工夫はどうされていますか。

関口 ものを作るのは時間がかかると思うので。自分の中から出てくるものを見逃さないであげる。学生はいろんなことをやりたがるし、やりたいことができないので必死にやるしかないのですが、頓珍漢なものを作ったり、つい他所で見たものを借り物みたいに作ってしまったりするので。その人の中から出てきた無骨でもオリジナルなものを「これいいじゃん」って見逃さないようにする。2010年代に入ってからは特に学生の観察が一番だったと思います。もちろん入試なので作戦はありますけど、この子だったらどういうふうにすれば戦えるか、一人ひとりの生徒の性格といまの入試の性質をどこでフィットさせるか、を考えていました。

荒木 個性を潰さずに入試にフィットさせるって難しそうですね。

関口 まあでもそれが仕事ですから。その受験へのフィットを受験生自身にやらせると変な方向に行っちゃう。学生は自分の作品だけ考えていれば良いという感じにしてあげて、入試の前までに変に自分の考え方をずらさなくても、入試に対応できるように誘導してあげるという感じでした。

 

「流れ」がつくりだす藝大入試の問題点

荒木 関口先生が新美を離れた理由は何かあったんですか。

関口 入試に合わせて何度も方針を変えてきたので、徐々に辛くなりました。何回自分を変えてきたのか、と。その中で疑問に思うことも出てきました。数年前まで駄目だったものに良いと言わなくてはいけない時もある。それを繰り返すと、自分の中での整合性が取りづらくなります。残りの人生と、自身の制作活動のことも考えて、入試にエネルギーを使うのは辛いと思いました。ずいぶん振り回されてきたという印象はあります。

荒木 前にもお聞きしましたが、藝大では入試担当教員が変わるたびに内容が変わっていく、という問題がありました。

関口 大学教員も美術家なので、考え方がバラバラなわけです。それぞれが自分の思う通りに入試を行いますが、そうすると振り回されるのは受験生です。過去を振り返っても、「今だったらあの生徒は受かったかもしれないな」という生徒を見てきましたし、「あの時あんなこと言ったけど、時代が時代だったから」などの記憶を振り返ると、辛くなります。

荒木 しかしそれだと、流行しているものを大学がとらない、という方針を続ける限りは⋯⋯。

関口 学生が本来持っていたものがその時の大学の方針にあっていたかどうかで受かる、受からないが決まっちゃうこともあるわけですよ。それは可哀想だと思います。あまりにも場当たり的に入試の傾向が変わっていくので。予備校としては藝大の変化そのものをコントロールできないので仕方がない、入れるのが仕事だからどんな入試内容でも対応できますよ、とやってきました。

荒木 そういった入試に対する提言を、大学が予備校から聞き取りすることはなかったんですか。

関口 そういう場がないので。言わせてもらえるのであればたくさんありますよ。

荒木 双方向的なやりとりができたら、もっと良い形になれたんじゃないかと思いますが。

関口 僕の経験では、多摩美の室越健美先生や小泉俊己先生とは、多摩美のことや藝大のことも話をさせていただきました。予備校も別に入試を悪い方向に持っていきたいわけではないので、そうした場では率直な意見を言わせていただき、お互いにいい関係を築きたいと思っています。武蔵美の先生とも納得の行く形で武蔵美の指導方針や予備校の教育について相談させていただいた。唯一、藝大がそういう接点がないので、難しい。
それに、多摩美はじっくり数日かけてデッサンと油絵を並べて審査していると教授がおっしゃっている。その人の中から出てきている表現かを見ると。それは誠実さを感じる。かなり意識して入試を改革してこられたなあと。また、武蔵美も受験生の作品をよく見ています。
一方で、藝大では新美から沢山合格者数が出ていた時がありましたから、色んな先生から目の敵にされて特に風当たりが強かった。

荒木 個人的な感情を入試にぶつけてくる教員がいるんですね。

関口 それから、2000年代には、教員が入試を自分の作品のための実験として使っているのではないか、と疑わざるを得ない入試もありました。個人的には受験生を何だと思っているのか、と思います。1年間必死で勉強してきたのに、他人の美術作品になるために受験生がいるわけじゃないから。
ただ、試験担当教員が自分の名前を出しませんから、自分の責任で入試を行うのではなく、陰に隠れているような感覚もあります。そういう個が特定しづらい状況を作り出して、受験生、試験監督も巻き込んで、俯瞰した状態で眺めている、そういう感じがします。

荒木 公的な機関として運営しなければならない国立大学でそれはどうなんでしょう。非常にまずいです。

関口 最近は2次試験の会場で受験生にアンケートをとっていました。耳にした限りでは、「高校の美術で藝大に受かると思いますか?」など、色んなことを聞いていたようです。それも受験生の声を聞く体をとっていますが、どこまで活用されているのかわかりません。

荒木 アンケートを試験中に取るんですか。それはちょっと。受験生からしてみれば、それも入試に関係あるのか、と思ってしまいますよね。

関口 1次試験にこそ大きな問題が沢山あるので、せっかくアンケートを取るなら1次試験でやってくれればいいのに、なぜ2次試験の会場でとるのか、受験生全員に取っていないアンケートなど、ハッキリ言って意味がないと思います。

 

試験環境に振り回される受験生たち

荒木 受験は制度の問題とよく言われますけれど、それと同時に中で動いている一部の人たちが引っ掻き回しているという印象をもちました。

関口 そういう面もあるかもしれません。どういう形が良いのかは僕にも分かりませんが、もう少し良くしてあげないと受験生が可哀相、という気持ちはあります。
受験生は色んな可能性を秘めているので、可能性を拾う方向を出題側が考える必要がある。さらに試験監督官や一部の助手の問題もあります。監督官や助手に権限を与えすぎて、準備した道具を「これは使っちゃだめです」などと言われて取り上げられてしまったり、制作を中断させられたりしたこともあります。
例えば、2014年に鏡がモチーフに出され「鏡は加工してはいけません」という注意書きがあったのですが、受験生がモチーフの中にあったセロテープを鏡に貼り付けたことがありました。それを見た監督官が制作を止めさせて、その受験生はモチーフを組み直すことからやる羽目になってしまったのです。考えるところからやり直しになりますから時間のロスは相当なもので、その受験生にとっては明らかに不利に働いたと思います。途中まで制作しているのに自分の判断でそれを注意して止めさせる、というのは監督官の権限を明らかに越えていると思います。それに鏡にテープを貼る行為というのは鏡の加工といえるのか? 出題者の意図は鏡を割ってはいけない、という意味だったのではないか、と思うのです。監督官に課題の解釈の問題まで口を出す権利はないはずです。
近年でも助手に「チャコールペンシルを使用してはいけない」と試験中に注意された部屋があります。一方全く注意されない部屋もあるのです。それに木炭と鉛筆が描画材なので、チャコールペンシル(直訳すれば木炭鉛筆)はどちらの要素も含んでおり、使っていけないと判断するのはおかしいはずです。他の受験生に迷惑が掛かっている訳でもありません。自分が受験生の時に使ったことがない素材だったのかもしれませんが、その人の勉強不足だと思います。しかもその助手個人による判断の可能性が極めて高いのです。
そんな対応を1日の試験でやられると動揺するじゃないですか。全部の試験会場で統一されていればまだいいんですけど、統一されていない。試験が複数日あれば気持ちも立て直せますが、1日で入試が終わる時に道具を取り上げられたり、途中で介入されたりしたら入試で何もできない。そういう事をされた受験生は1年間なんのために努力してきたのか、となる。それを2次試験でアンケートをとられても後の祭り。少なくとも、受験生には1年間勉強してきたことを思う存分やらせてあげたい。違反そのものは良くないと思いますけど、ルール自体が曖昧で不公平なところも多いので、ルールを徹底できないなら受験生には基本的には自由にやらせてあげてほしい、というのはあります。他人に迷惑が掛からないなら好きにやらせて、最終的に出来上がった作品でしっかりとジャッジして欲しいと思います。

荒木 お会いする受験関係者の皆さんが不満を仰るんですが、部屋ごとにルールが違うのは大学の入試として致命的な欠陥ですね。せめてそこはきちんと問題の引き継ぎを行って、学内で対策なりマニュアルを準備してほしいです。

関口 過去には意味不明なルールもありました。まず思いつくのはフィキサチーフの禁止。上野校舎に試験場が戻ってきた2010年には画用紙(正確にはTMKポスター紙)が渡されたのですが、使用できる描画材に木炭やコンテが含まれていました。画用紙に木炭で描かれたものなど、木炭紙以上にフィキサチーフをかけないと定着してくれません。彫刻棟で制作していた受験生の作品は監督官が絵画棟に運ぶんですけど、担当した監督官の証言では「縦構図の作品も横構図の作品もごちゃ混ぜにして重ね、カルトンごとダンボールの箱に詰めて台車で絵画棟まで運んだ」という事でした。彫刻棟の前の道路は少しガタガタになっているので、当然デッサンは擦れてしまったはずです。フィキサチーフの禁止も意味不明ですが、縦横をごちゃ混ぜにして箱に詰める様に監督官に指示をした助手も、美術に携わる人間としては、あまりにも配慮が欠けていると思いました。
他にも問題だったのは、1次試験でのエスキース禁止の年がありました。それを受験生から聞いた時は開いた口が塞がりませんでした。なぜ、その様なルールを設けたのか、未だに意味が分かりません。しかもその年の二次試験では、ご丁寧に立派なエスキース用紙を配っていましたから、あの年は一体何をやらせたかったのか⋯⋯全く整合性が取れていません。

荒木 フィキサチーフ禁止とか、カルトンごと台車に詰めて運んだというのは初耳です。国技館の時代と違って急いで作品回収して採点する必要はないのに、なぜそんなことをしたんでしょうね。それに絵画棟と彫刻棟なんて隣の建物なんだから、教授が歩いたほうが早い気がするのですが。

関口 あと一昨年の倍版木炭紙の入試も大きな問題だったと思います。募集要項が出るのが例年11月末から12月にかけてなんですけど、そこで突然倍版の木炭紙が出ることが発表されました。すぐに各予備校が倍版の木炭紙を手に入れる様に手配をしたと思うのですが、事前に一部の予備校に買い占められ、新美も含め殆どの予備校は暫く入手する事ができませんでした。というのもMBM木炭紙はフランス製のため、輸入に頼っています。輸入元のメーカーさんによると「新規に入ってくるのは4月」と言われ、在庫の割当を各予備校に分配するのに少し時間が欲しいと言われました。しかも実は数年前に一旦倍版の木炭紙はメーカーで廃盤が決まり、どこの画材屋さんでも在庫限りだったものが、一昨年の夏に新しいものがリニューアルされて発売され、入試でも使われる事が突然発表されたんです。あの年にどういう意図で倍版の木炭紙に描かせたのかは今でも謎のままです。大きなモチーフを描かせるために紙を大きくした訳でもありませんし、時間も例年通りで昼食時間を含めて5時間のまま。しかもカルトン代わりに手渡されたものはプラ段(プラスチック製の段ボール板)で、「制作後回収の時に静電気が発生して木炭がプラ段に沢山くっついていた、プラ段の裏に付いた粉が審査会場に運んだ時に他の受験生の作品にも付いていた」と監督官から聞きました。
時間的な事を考えると、描写をメインに1年間を勉強してきた受験生には酷な出題だったと思います。淡い調子をメインに制作してきた受験生は他の受験生の木炭の粉が付いてしまったかもしれません。経済的な理由や家庭の事情で、その年を最後の入試として考えていた受験生だっていたはずです。
ここ数年で、キャンバスサイズもF30号と大きくなりました。倍版の木炭紙や普通の木炭紙でさえ他の科や専攻と比べたら結構な金額です。受験生の立場になって考えてみればすぐに分かりそうなものですが、制作に掛かる経済的な負担はかなり大きいと思います。

荒木 倍版デッサンに対する批判は、他の講師の方からも聞いたことがあります。なんせ普通には手に入らない大きさの木炭紙ですから、大手の予備校や都市部の受験生はまだしも、個人画塾や僻地の受験生だと木炭紙を2枚つなげるしかないです。結局1年やっただけで翌年は取りやめになりましたが、なんで地域格差を広げるようなことをするんでしょうか。

関口 正直言って「格差が広がる可能性がある」ということを自覚できていないのではないか、と思ってしまいます。実際の入試の現場で形式的に公平に行われていることが大事で、入試の前の段階での格差のことなど想像すらしていないのではないでしょうか。ましてや画材屋さんでの倍版木炭紙の在庫の事など、気にしていたとは思えません。仮に藝大が確保する前に予備校に買い占められてしまっていたとしたら、どの様に対応していたのでしょうか。当時の状況を考えると、その可能性は十分にあったんですから。画材屋さんに発注すれば、当たり前の様に手に入ると考えていたとしか思えません。

荒木 皮肉なことですが、東京の大手予備校の受験教育を藝大が嫌がっても、それに対する藝大の対策が、さらに格差を広げていることになる。他にも入試で気になる点はたくさんあると思いますが、面接についてはどうお考えですか。

関口 2次試験の面接も大きな問題があります。過去に他の科や専攻で元々面接を課してきたところが、様々な問題から面接をやめてきた経緯があるにもかかわらず、油画科は一昨年からわざわざ導入してきました。僕にはその真意がよく分かりません。受験生からしたら、ようやくギャンブルの様な1次試験を通過して、ただでさえ緊張する入試なのに、追い討ちをかけられる様な気持ちだと思います。それにたった3分程度の面接で何を見ているというのでしょうか? 「緊張のあまり、余計な事を言ってしまった」とか「頭が真っ白になって、何も答えられなかった」と動揺する受験生もいました。その後の制作にだって少なからず影響があったと思います。落ちてしまった受験生の中には、絵の内容ではなく面接の内容がまずかったのか?と考える人がいてもおかしくありません。人間性を否定されたと思い、何回受験しても合格するのは難しいという風に考えてしまうかもしれません。何せ作品以上に基準が分からないんですから。
藝大の先生には課題の内容だけでなく、そういうことも含めてもっと広い視野でじっくりと入試の事を考えてもらいたい、というのが僕の願いです。

 

予備校の講師が大学に求めること

荒木 そうなると、受験生を藝大に入れるのが良いことなのか、と疑問に思います。学費などを考えると藝大しか選択肢がないという人もいるのはわかりますが。

関口 授業料は安いですけど、設備も含めて私立美大に比べて本当に良いのか。新美出身の藝大生で、大学院に行く人が減ってきたんです。藝大に入ったのはいいけれど、藝大そのものに魅力がないことに気づいちゃった人が多いのではないか。大学院に行く人も「いやー消去法で決めました」とか。社会に出る準備として2年間の猶予を得るために行く、そのくらいの感覚です。入試はもちろんですけど、授業もちゃんとやっているのか? というのは疑問に思う。
ここ数年、藝大の入試説明会では留学を積極的に勧めていたが、それも見方を変えれば教育を海外に任せている。藝大は斡旋するだけ。それは教育ではない。自前の大学でしっかり教育をやってほしい。
僕たちの時の方がよかったとは言いませんし、今も一生懸命に指導している先生もいますけれど、正直なところ「再入試? 何で大学に入ってまでわざわざ入試の事を引きずってくるの?」と首を傾げざるを得ない授業をしていた先生もいましたし。

荒木 確かに再入試という授業ありましたね。試験問題をもう一度やるんでしたっけ。入試制度批判っぽいことをやりたかったのかな?と思いますが、藝大自身が片棒を担いでいる制度をこういう形でセルフパロディにしても、いまいち狙いがわからないです。ちなみに藝大がおかしいと思いはじめたのはいつ頃からですか。

関口 随分前からですよ。藝大の油画専攻の出身者なら、少なからず「これはおかしいぞ」って思って学生生活を送っていたはずですよ。

荒木 それ、要するに藝大がちゃんとした教育をしてくれていたら、悩む必要のない問題ですよね。安心して「藝大を目指せ」と生徒に言える。予備校の問題として、藝大よりも私立美大に生徒を入れる、という方向に舵を切ることはできなかったのでしょうか。

関口 受験生が相手なので、私大にたくさん合格しても生徒が新美を選んでくれないのです。結局は藝大の合格者数で予備校が選ばれちゃう。私立は教える側としては合格してくれたら嬉しかったけれど、予備校としてはそっちに舵を取るのはできなかった。どうしたらよかったのか正直わからないです。

荒木 最近は藝大への進学熱が減少したように思いますが、受験生の藝大信仰はどう変わってきたと思いますか。

関口 藝大信仰がどのくらいあるかは学生によると思います。僕は浪人生を20年以上教えてきて、その後現役生を対象とした夜間部に移ってからは、「藝大は別にいいです」という生徒もいました。「自分は私立がメインなので」とか「藝大に受かると困る」とまで言う生徒もいました。多摩美に行きたい、武蔵美に行きたいと、私大に熱意のある生徒もいます。あるいは、単に目指したい大学がない受験生もいるので、そのあたりの意識は変わってきました。
それに、以前から、本人が望まないのに無理やり藝大に入れようという感じではなかったように思います。予備校としては「藝大目指してみたら?」とは一応言いますが。というのも、生徒の中には、自分には実力がないから藝大なんて無理、と謙遜している生徒もいる。そういう生徒には「才能がある人しか受からないなんてことはないよ」と言います。もちろん私立に行きたいという生徒を無理に藝大まで引っ張るということはなかったです。逆に藝大一本の生徒は大丈夫かな、と心配になることはありました。

荒木 今日のお話にあったような、藝大のネガティブなことは生徒には言わないんですか。

関口 受かるまでは言わないです(笑)受験前に意欲が下がってはいけないので。

荒木 学生はどう思うんでしょうね、大学に入って。「予備校に騙された!」と言う生徒はいないですか。

関口 僕の知る限りではなかったです。僕も作家活動をしているので、受験だけじゃなくて美術の話もしているので。個人的には以前から藝大愛みたいなものはないです。むしろ大学なら長年お世話になってる女子美愛の方が遥かに強いですよ。僕としては、藝大受験は冷ややかな目で見ていました。ただ生徒が藝大を目指しているのであれば、学生が望むのであればそれに答えますし、そこはニュートラルに接していました。むしろ作品をいい内容にしよう、という話をよくしていたので、そこまで藝大には固執していなかったと思います。

荒木 ではなぜみんな藝大を目指していたんでしょう。

関口 幻想があるんじゃないですか? 謎だから。そういうタイトルの本も出ていますし。きっとすごいんだろうという共同幻想があるんじゃないんでしょうか。

荒木 私は予備校の広告も原因の一つじゃないかと思っています。広告の一番上に「藝大合格〇〇名」って出ちゃうと、みんな藝大がすごいんだと思わざるを得ない。

関口 確かにそれもあるかもしれませんね。ただ藝大合格者数は予備校としては出さざるを得ない。そんなことしなくても学生が来てくれるんだったら予備校は別の舵取りができると思いますよ。予備校が作った幻想が大きいのかもしれないけど。ただ、藝大は知らない人がいないくらい知名度があるので、企業としてはそこには抗えないです。

荒木 今までの話を受けて、入試の方向はどういう方向に進んでいったらいいと思いますか。

関口 難しいですね。何かを変えればまた別の問題が出てくると思いますけど。ただ少なくとも受験生ががっかりするようなことにはしてほしくない。1年間やってきたことがやらせてもらえる、それが望むことかな。それと監督官や助手にへんな権限を与えてほしくない。前日の打ち合わせ、当日の打ち合わせがあるんですけど、入試漏洩したらまずいので意思のすり合わせをする時間が圧倒的に短い。打ち合わせに殆ど時間をかけていない。それで試験監督を帰らせた後に助手が徹夜で準備して、当日助手がぼろぼろになって朝現れて、入試につきっきりになる。予備校関係者の試験監督も前日まで予備校で指導して翌日疲労困憊の中で試験をやるということになる。そういう中で入試が行われると、受験生や我々が全く想定していない様なトラブルが起こる事があるんです。全体で決まった重要な注意事項を聞き逃したり、歪曲して捉えてしまったり⋯⋯そのしわ寄せは全部受験生の方に行ってしまうんですから。一方で明らかに迷惑行為をしている受験生に注意をしないというケースもありました。

荒木 とすると試験の内容や形式よりも運営をしっかりして欲しいということですか。

関口 出題者が恣意的で、まるで何かの実験であるかの様な試験を出題して、「どうだ、良い課題だろう」とやられては困るんですよね。先生方は「今年の入試は良かった」と言うんですが、後になって「あの学年は失敗だった」とか、「問題は予備校で教えたことだ」と責任転嫁をしてしまうんです。もちろん予備校にも問題はありますが、少なくとも大学に入ったら、それ以降のことは大学でやって欲しい。予備校を否定するだけで、大学を出てからのことをケアするわけでもないですし。留学を勧めると言っていましたが、現在はコロナで留学も難しくなったので、藝大もようやく教育に向き合わざるを得ない状況になっていくと思うんですが⋯⋯。

(2020年7月19日、Zoomにて収録)

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